
さて、第四鶴屋南北「獨中東海道五十三驛(ひとりどうちゅうとうかいどごじゅうさんつぎ)」をやっと見る事が出来ました。実は私、学芸員当時、鶴屋南北の歌舞伎台本に凝りまして、この上記作品について小論を書いた事がありまして、 上演されるのを楽しみにしていたのです。南北の作品の中で唯一「穢多」が登場する作品なのです。南北作品には、そのほかに被差別民がたくさん登場してくるのですが、「穢多」は、この作品だけです。「おれは矢のものだ」なってセリフがあるんですよ。(矢のもの、というのは江戸の穢多頭・矢野弾左衛門の手下)と言う意味です。それもそれなりに重要な悪党として登場します。
さて、「穢多江戸兵衛」が登場してくるこの作品、市川猿之助の48撰内の作品で過去には猿之助が演じたのですが、今回は市川右近が十五役早変わり、水中、海原の格闘シーン、宙づり、化け猫等南北作品醍醐味満載の作品二いどみました。
ちなみに文政年間の初演では、尾上菊f五郎が十八役を演じます。
東海道膝栗毛のもじりで、逆コースの京都から江戸に向かて進む道中物で、盗まれた家宝探しと仇討が重ねられ、見事本懐を果たすのです。各地の名所、当時良く知れたエピソードがもりこまれ、七十三歳の南北のこれまで集大成のような作品で、当時のお客は楽しんだでしょう。一緒にいた息子が「二時間ドラマのあずさ二号殺人事件、みたいなものか」と言ったのは明言でありましょうか。
ところが、私が楽しみにした穢多江戸兵衛の「えた」は消え、単なる悪党、肝心な江戸兵衛の屋敷のシーンがすっぽりなくて、主人公を鉄砲で撃つスナイパーでしかないのです。もちろん江戸兵衛と主人公・丹波与八郎は同じ右近が演じます。
原作についてあまり詳しく説明しませんが、私は以前の論文で、あの南北でも、差別社会の江戸時代から自由でなかった、と若干お抑え気味に評論したのでした。でもはっきり言えば差別的なのです。(勿論歴史的なものですから、ありうることなのですが)
猿之助さん達がどう料理するか、楽しみにしていたのですが、すっぽり切り落としてしまったのには拍子抜けでした。実際にすっぽり抜けた事で、南北が何を狙って、「穢多」を登場させたかが良く見えたのです。七〇年代に唐十郎等のアングラ演劇が鶴屋南北をなぜ好んだ理由も理解できました。(いい意味ではないですよ)「えた」が登場しないわけですから、これからも上映されるでしょうが、何かまた「部落は避けられたか?」と言う落胆の気持ちが大きかったです。
ちなみに、猿之助のスーパー歌舞伎、早変わりの妙味も、演劇としては「軽いな」等言う気がして息子は「薄っぺらや、染五郎の方が面白い」と言って言いましたよ。
独り言
ところで「鶴屋南北は底辺の人々を描いた、反体制派の大作家」「被差別民を描いている」とほめた人がいて、この人たちのおかげで、あの郡司さんまで、鶴屋南北は、被差別民出身では?と言ってしまわれたのでした。こうゆう論調を私は「被差別民文化ほめ殺し論」と言っているのです。
ちなみに調べた範囲では、南北作品や他の歌舞伎には、非人はよく登場するします。歌舞伎役者に非人身分の役者(だった人?)はいるのですが、「穢多」身分の人はいまだ知らないのです。(どなたかお教えください。)南北にしてこんな扱いですから、役者に居ないのは当たり前か?とも思うのは、思いすごしでしょいうか?それから、江戸時代「穢多」身分の歌舞伎の座があった様に書いているのも、私には理解できません。これも教えて欲しいのです。最近どうも能とか歌舞伎を被差別民の文化にしたがる誤解が多くて困ります。